岩木山の初冠雪、紅葉、11月に入ると山麓の公共施設は全てクローズになる。

まだ、雪が降っていないからと雪の準備を遅らせると、とんでもない目に遭う。

岩木スカイラインのリフトなどは8合目から9合目までだから、雪が降る前と後では作業効率が天国と地獄の違いがあるという。荒野に立っているような観光協会も、雪が降ってから雪囲いをするなど、考えるだけで寒くなる。

当然だが、車のタイヤ代えも街で生活している人々より早めになる。スタッドレスタイヤを雪の無い道で長く走るのは、減りが早いというけど仕方ない。降ってから山を降りることができなくなることの方が怖いからだ。

県道3号線沿いの嶽キミの直売所から、クローズ直前に売り余った嶽キミを貰った。このシーズンいったい何本のキミを食べたのか。今シーズンの嶽キミ農家は悲惨だった。一番の販売時期にキミが育たず、この初雪のある11月の声を聞くまで残ってしまったのだから。

これも異常気象の影響か。

11月初旬「東北新幹線前線開業効果活用講演会」という仰々しいタイトルが付いた講演会が開催された。本人が言うように、前座が青森地域社会研究所・地域振興部長の新幹線の開業効果の話。中身が何も無い話で、大半の人達が寝ていた。

本命は「人を集める奇跡のリンゴ」と題した木村秋則氏の講演だ。観光協会でも募集したら、以外にも8人という人数になった。文化センター大ホールの300席がほぼ満席だった。

木村氏は、冒頭から声を張り上げて日本、特に青森県の農業が間違っていると訴えた。
木村氏は、「自分は風評被害にも負けず、十年の歳月をかけて『科学的に合成された農薬と肥料を一切使用しない自然栽培農法』を成功させた」といい、これが真の農業だと豪語した。

続いて、スライドを使い無農薬栽培、有機栽培、一般栽培の3条件で収穫した作物の腐敗の進行状態、栄養分の比較などを説明した。現在、県外からはもちろん、海外からも木村氏の園地に自然栽培の現場を見ようと訪れている。年間約6,000人以上という。

岩木山観光協会にも園地を教えてくれと度々観光客(?)が来る。目的がはっきりせず、興味本位で園地に来られても迷惑だろうし、当協会も案内を要望されていないから断るようにしている。理想的な農業とは自然栽培なのだろう。もともとの農業はどの国においても自然栽培農法であったはずだ。それが、増産や味、形など「商品価値」を追求する段階で安全安心な作物を捨ててしまったのか。これは、国の農業政策の失敗であり、生産者はその政策に翻弄されたに過ぎないのではないか。

今、木村氏を持ち上げている行政をみて、違和感どころか腹が立ってしまうのは筆者だけだろうか。確かに木村氏の仕事は偉業といえるだろう。しかし、そこにまで至る農業事情を考えたら、まずは農業政策を改めるための方策を先に考えた上での行動であってほしい。

数年前、減農薬栽培、自然栽培をより先に進めるためには「地力」の回復をと、自然堆肥を製造するためのプラント事業に関係したことがある。家畜の糞尿、農業残渣、食物残渣、他に人間の糞尿も利用しようとする堆肥造りだった。国・県・市が全面協力で図面まで仕上がったのだが頓挫した。総工費の国が二分の一、農業法人組合が集めた金と市が一部出資して、残りが農林中金で貸すことになったのだが〜「こちらが融資するにあたって、農業者の皆さんは今日までの農業を変えて、その堆肥を使用することを証明していただくこと、それを『担保』とさせていただきます。」この農林中金の一言で農業者が逃げてしまったのだ。農業者が、担保という言葉に過敏だったとも取れるが、集まった100人以上の中でいったい何人が本気でこれからの農業を考えているのかと憤りを感じた。

木村氏が強く訴えている自然栽培農法が、この時代に大きくアピールするのはなぜか。それは農業者だけではなく、過去の過ちに気が付き始めた人が多くなったと言えるのだろう。だが、まだ本来あるべきカタチには遠いのではないだろうか。農家、料理人、食す人が、同じ土壌に立って未来をみているか、漁業にも同じことを言えるだろう。乱獲を止め、次の世代を考えた漁業を計画しているだろうか。

食に関係する人たちだけでなく、消費者も意識改革が必要だろう。
現世だけでなく、次世代を見据えた意識がなければ、「食」の世界は安全・安心なものにはならないだろう。岩木山で自然栽培農法を訴える木村氏にはエールを送る。しかし、この農法が珍重視され、話題になる世の中そのものが狂っているんだと、筆者は声高に訴えたい。

ETC1,000円効果で、岩木山に信じられない光景が始まっている。

シルバーウイークと聞きなれない9月の連休を呼ぶ名称。
この時季は、嶽キミのピークに当るのと同時にりんごや梨など、爆発したように果物たちが出回る。
蜂が花を追うように毎年多くの観光客がそれを目当てに山に来るのだが、今年は今までとは雰囲気が違う。
車の交通量が増加しただけでなく、半分以上が県外ナンバーなのだ。帯広、札幌、神戸、足立、練馬、横浜、千葉etc.。近県の秋田や岩手のナンバーは、影が薄く感じる状態だ。

かつて広告代理店勤めの時代、コマーシャル撮影の仕事で南米はエクアドルに行ったことがある。この国で一番驚かせられたのは、車での走行距離の長さだ。300kmや400kmは当たり前で、街から街までの間には何も無く、ただ車を走らせるだけだ。馴れとはそんなものかと、ガイドをする人達は当然のように真顔だ。途中どこへも立ち寄らず(ドライブインなんかあるわけない)、食い物から飲み物、仮眠用の枕まで支度して出かける。もちろん、予備のガソリンも忘れていない。空を見ながらドライバーは気象予想士にもなり、観光案内(?)のつもりか史跡の説明、撮影隊のための食事まで作ってくれる。

目的は、あくまでも撮影なのだが、地図を見て移動の距離の長さにうんざりしていたら、ガイドの一人が気を使ってくれたのか「時間軸で考えると、どこにいても自分の気持ちが同じなら疲れないよね」と言ってくれた言葉を今も忘れていない。車に乗っている時間も、止まっている時も同じように時間は進む。狭い国に住む、日本人的感覚だったことを恥じた。

それからは、早く着きたいという気持ちはなくなり、異国の景色を楽しめるようになった。 盆暮れの帰省ラッシュは何か辛いものがあるが、このETC1,000円で高速道路を使って『タイムトラベル』を楽しむ人達の行動は、独特のものがある。宿泊の予約もせずに、行ける所まで行く。最悪でも車に寝ればよいというような、無計画・出たとこ勝負。ある面、日本人もやっと余暇を楽しめるようになったのかと感心する面と、観光を業としている人達にとっては金を落とさないのだから肩透かしになる。

団塊の世代が、大量に定年を迎える昨年から今年、それに合わせて高級カジュアルウエアーを発表したアパレルメーカーは、今年に入ってから撤退する会社が多くなった。極めるときは極めるが、車で移動する旅はユニクロでよいのだ。旅行代理店も、たっぷり時間を掛けたコース、金額も内容もゴージャスなツアーを出したが定員を割っているという。完全に見込み違いなのだ。時間を掛けて遠くから来ているが、車の中で寝泊りをしたり、キャンプをしたりというように切り詰めるところは切り詰めて、逆にその町で評価の高い飲食店があって、すこぶる美味しいといったら着飾って出かけ、お金もたくさん使う。

団塊の世代は、健康には気をつける人が多いと聞く。岩木山にもトレッキングに来る人が年々多くなっている。普段は地味だが、トレッキングは身体に対する投資だからといって、シューズに3万、ウエアーに4〜5万は出す人が多い。

生きていく中の物事に対する価値観、その中の一つである「余暇」。旅に関する感覚やスポーツ・いろいろな趣味に関して、人々の考え方は確実に変化しているのだ。観光地である岩木山。そこでお客を迎えるには、年齢だけで相手を判断するような安易な接客態度を改め、相手がどのような「旅」を望んでいるのかを研究をしなければならないだろう。

今月号には時間的にどうかとは思ったが、どうしても書き記しておきたいのでお付き合い願いたい。

結婚式は8月23日(日)、午前10時30分から岩木山頂上・奥宮で「神前結婚奉告祭」として行なった。

二人は付添い人(荷物持ち+映像記録班)3人を引き連れ、朝5時に嶽温泉を出発した。
参加人数は、友人知人・親族を入れると50人以上になった。
下から出発した花嫁花婿は別にして、8合目に到着した「実行委員」達は、この日晴れ上がった空を見つめて一同、胸をなでおろした。筆者もその一人なのだが、天候だけは心底気になっていた。もし、悪天候の場合は神社に直行して段取りをしなければならないと、前夜は少し緊張した。

8号目では、すでに神主・巫女さんのペアがウォーミングアップしていた。一同、彼らの荷物の多さにはビックリした。エベレスト登山の際に同行するシェルターそのものだった。神主さんの背中から頭を数倍越すほどの荷は、本日の聖なる儀式に必要とされる道具の数々。巫女さんの重そうなリュックには、お供え物の野菜や果物と生魚まで入っているのだ。岩木山神社に相談したのは筆者だが、禰宜様が苦笑していたのはこのことだったのかと今更に気が付き、感動するやら、自分の認識の無さを恥じた。

下から登ってきた新郎新婦他と8合目で合流した。盛り上がったのはつかの間、歩き組はすぐに出発した。リフト組みは9時、神主・巫女さんを先頭に出発。リフトの途中、9合目からのこの人達の体力は大丈夫だろうかと心配になったが、自分の調子も気になりだしたので口には出さなかった。

好天には恵まれたが、風が出てきた。体が宙に浮くような状態になり、バランスが崩れる。9合目からは、距離すら無いが崖を登るような厳しい場所が多い。まして、大きな荷を持つ人には過酷だ。一番目に体調不良を訴えたのは、巫女さんだった。聞くと、ほとんど山にくることは無いという。そうだろうと、納 得するのには理由がある。岩木山は、安寿姫伝説があるように「女の山」で、巫女さんなどは登ることはないのだ。今回も、山の神が意地悪したのかもしれない。サポーターの一人であるカリスマデザイナー和久氏が、巫女さんの荷物を代わりに背負い、ゆっくりしたペースで登り始めた。時間は倍近くかかったが、無事全員頂上に着くことができた。

さて、これからが本番だ。カップルの着替え室は、テントで覆っただけの粗末なものだが、周囲の冗談に覆いの中から応える楽しい声が、頂上の風の中で舞っている。

10数人の登山ばやしの方々との立ち居地の打ち合わせなど、式の最終段取りが済ませた。

着替えが終わった花嫁が、岩場をあっちこっち飛び回っている。嬉しそうだ。せっかくセットしたヘアーも台無しだが、楽しい気持ちが透けて見えるようで、メルヘンの世界だ。飛んでいる花嫁・花婿をやっと捕まえて、控えの位置に立たせた。いよいよ、本番だ!神主が奥宮の前で待つ。その隣には巫女・親族。立会いに来た人達はスクープを撮ろうとする業界人のように岩場に位置を取る。

登山ばやしの演奏がファンファーレだ。赤ジュータンは無いが、バージンロードを二人が歩き出し、風が吹きあれ、立会人たちの大きな拍手が岩木山の頂上に鳴り響いた。
二人は、鳥居を背に奥宮の前に立ち、厳かに式が始まった。

以下は「神前結婚報告祭」式次第だ。

★登山ばやし(普通は神社の太鼓)

  1. 1. 修祓(お清めのおはらえ)しゅうぼう
  2. 1. 献饌[けんせん]
  3. 1. 祝詞奏上[のりとそうじょう]
  4. 1. 三三九度の盃事[さんさんくどのさかずきごと]
  5. 1. 誓いのことば奏上[ちかいのことばそうじょう]
  6. 1. 玉串奉奠[たまぐしほうてん]
  7. 1. 親族固めの盃事[しんぞくかためのさかずき]
  8. 1. 撤饌[てっせん]

★下山ばやし

東に八甲田山脈、西に白神岳、津軽半島、日本海が一望できる頂上は、絶景だ。
彼ら二人はもちろんだろうが、我々「実行委員」にとっても一生離れられない体験だった。

この間、携帯電話を使ってFM局との取材を受けていた。風の中で、局側も聞き取り難かっただろうが、番組を聞いた何人かの人は臨場感が有って、まるで自分も頂上にいて立ち会っているようだったといってくれた。筆者は岩木山の宣伝の為、話題になって今後も岩木山神社での式が多くなればと、どちらかというと打算的だったのだが、終わってみると意義あることの連続だったと、今もその想いを噛みしめている。

お盆前、あるイベント会場で津軽一円から集まったいろいろな団体の人々とお茶を飲みながらの雑談をしていた。この日はこの夏めずらしくカンカン照りの日で、人でも予想を超えて多かった。

誰となく「珍しいね、こんなにからっと晴れるなんて」と、天候の話が始まった。話の前に「今年の〜は、駄目だね・・・」と言う出だしで始まり、「そ れって、〜じゃないのかな・・・」で終わる形式。雪解けのスピード、花の咲き方、雨の降る量、岩木山がくっきり見える日の少なさ、遭難者の人数、自殺者、 農作物の状態などなど、どんどん話は続いた。

その中で、セミの声を何時聴いたかという話題になった。8月上旬までに聴いたという人が大鰐、黒石、弘前市内で、岩木山周辺の山麓はもちろん五所川 原や西目屋などは中旬になってやっと聴いたという。もちろん、ミ〜ンミ〜ンとうるさいくらいの鳴きかた、ピーク時を対象にした話だ。(ちなみに「うるさ い」は=煩い=五月蝿いと書く)

ところで、セミは短命といわれるが、幼虫として地下生活する期間は3〜17年(アブラゼミは6年)で、成虫期間が1・2週間から長い種で1ヶ月といわれ、短命どころか昆虫類では寿命が長い方だ。

さて、セミの鳴き声は、オスがメスに求愛しているのだが外敵に捕獲された時にも鳴く。むんむん熱い真夏のイメージがあるセミだが、クマゼミは午前中、ヒグラシは朝夕、アブラゼミやツクツクボウシは午後と涼しい時に鳴くことが多い。

種毎に独特の泣き声を発し、地上に出ると短期間で死んでいくセミは、日本では古来より感動と無常観を呼び起こさせ「もののあはれ」の象徴だった。抜 け殻を空蝉(うつせみ)と呼んで、現身(うつしみ)と連しての考えである。芭蕉の"閑さや 岩に染み入る蝉の声"は余りにも有名ではあるが、日本人特有のきめの細やかな季節感、情感が溢れている。

話を戻すと、セミは地中から這い出し、成虫となる過程には決まった条件があることは間違いないだろう。亜寒帯の森林に分布するものもいるというが、 多くは熱帯や亜熱帯の森林地帯に分布の中心を持つ昆虫だ。となると、今年、なかなか出てこなかったのは天候が不順で夏日(高温・多湿)が少なかったからで はないか。専門的にどうかは分からないが、今年のセミの出現の遅れは地球自体の異常気象に影響しているとしか考えられない。

この異常気象は、農作物にも多きく影響をおよぼしている実態がある。嶽キミは『実入り』が悪く上物の収穫が今年は少ない。日照時間が少なすぎるから だという。りんごはどうなるか、米は大丈夫だろうか、心配だ。人間ですら、寒い時に寒く、熱い時に熱くないと体のリズム、サイクルが狂ってしまう。

30年位前に「ソイレイトグリーン」というタイトルの映画があった。この映画の背景は核戦争で大気異常を起こし、食物が育たなくなり最終的には人間をも食料の対象とするストーリーだ。(気持ち悪い映画だった)日照時間が短いと、部屋の中はじめじめし洋服や畳など、じかに肌に触れるもの全てが気持ち悪い。豪雨が続き、土砂崩れがおきて死傷者が出る。「こんなことは、今までになかった」と人々は口々に言うが、原因は以外に身近あり、我々が無関係ではない事は事実だ。

春夏秋冬のはっきりした日本。夏には熱い日差しがあり、セミが鳴く。そして、涼しくなり、秋の虫が鳴く。当たり前の事だが、自然のサイクルが狂わずに来て欲しいものだ。

ちょうど、一年前の事だ。

岩木山神社、枡形で弘前露店商組合・組合長齊藤氏と副組合長の山崎氏に会った。鳥居を背にしたこの二人は、どう観ても「普通の人」には見えない。齊藤氏は丸刈りで薄い色のサングラスにTシャツ姿。山崎氏は笑みを浮かべてはいるが目が笑っていない。

鳥居の前にいつも店を出しているアイスクリーム屋のおばちゃんに「おっかない二人だね」というと、あんたも負けていないよと言われた。 この面会はお山参詣の打合せをする為だ。特にこの年は花嵐桜組の奉納演舞があるので、枡形の演舞スペースが問題だった。もちろん、山崎氏とはねぷた絵師の 八嶋龍仙氏との繋がりもあり以前から知り合ってはいたが、いわゆる「頼みごと」は始めてであった。

「花嵐、何人出るの?」と突然切り出した。目が優しくなっている。「50人位かな?まだキャサリンから最終回答をもらっていないんです」「あっそ、 小野さん忙しいものね」そうだ山崎氏とは札幌大会でも会ったし、お山参詣を題材にした新曲での発表会にも来ていたんだから、小野さんとは親しいのかもしれ ない。

突然思いついたように、山崎氏が動き始めた。その辺にあった棒を持つなり、こっちが前だから、真ん中がこの辺で、横幅はこの位あればいいだろう。あいつの店は、もう少し後ろにして、音響関係はその側か...とぶつぶつ言いながら線を引く。

なんと、枡形にステージを描き上げてしまったのだ。「小山さん、これで良いべ!」「はい!」打ち合わせもなく、今日の目的は10分で終わった。

三人で参道を登り始めた。山崎氏は、店の人や知人に気さくな挨拶。齊藤組合長はずっと寡黙だ。第二鳥居の右側にある御神体の五本杉の前まで来た時に 「この御神体もちゃんとさねば〜まいね〜な」山崎氏がつぶやいた。そばに落ちていた吸殻を自分のタバコの箱に入れた。(エコだ)

山崎氏には岩木地区活性化の相談話しをしている。彼も神社から枡形を預かっている責任から、参道周辺の落ち込んだ雰囲気には頭を悩めていた。湯宿の 士気の低下、周辺にあった飲み屋が閉店し、みやげ物を売っている店も少なくなった。再生するには、街の雰囲気作りから始めなければならないだろう。門前街 としての「魅力」を創り上げることで、誘客が可能になる。

力のある食べ物、整備された観光資源、迎え入れる街の人々の構えが必要だ。岩木山神社に参拝客が増える事で、門前街が閏という構図を取り戻そうとい う点では、山崎氏とは考え方が同じだ。だが、いろいろと企画を立てても実行に移すにはタイミングが必要だ。それに、残念だが周囲の人間は、地域活性化など には見向きもしない。

山崎氏は神社から枡形を任されていることの責任、古くから門前街の人たちとの付き合いで生まれた情からか、現状に悩んでいた。彼はよく「バランスな んだ」という。神社の周りに宿があり、飲食屋があり、土産物がある。祭りになれば露店が出るが、同じ種の店を出して問題が起きないように配慮している。

露店商は、いわゆる「堅気の商売」だ。しかし、世間の人達の目は、暴力団のそれと見分けがつかない。だからこそ「始末」を重んじている。祭りが終わった後の掃除やゴミの処理は徹底している。周辺に対する「礼」は、そばで見ていても気持ちがいい。

露店商、齊藤氏は「亀屋のたこやき」。山崎氏は「バナナチョコレート」。子供達の人気商品だ。店の中にいる山崎氏は顔が違う。子供たちがすきなのだ。やさしい顔になっている。しかし、祭りの前に各店の見回りをする際の彼の目は鋭く、厳しい。「政」を仕切っている責任者の顔だ。現在、山崎氏と枡形に朝市を計画しているが、そこにも老齢化した農家への山崎氏の配慮がある。そんな優しい彼は、筆者の三本の指に入る「敬愛」すべき存在だ。